今日も私は、明日の自分に期待する(白川陽路・高2)

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私の思い込みは、「自分はやるべき時が来ればやる」ということだ。
私は基本的に面倒くさがりで、やりたくないこと(嫌いなこと)に対しては1ミリもやる気が出ず、後からやろう、明日やろうと先延ばしにしがちである。
そんなとき、私は明日の自分に期待している。何時から何時までにこれをして、何時までにはこれをする、と寝る前に頭の中で明日のシュミレーションをするが、果たして、想像上の私が存在したことはほとんどなかった。

私は現在高校2年生だが、中学1年から高校1年まで年5回の定期テストを経験してきて、目標を達成出来たことは1度もない。
やるべき時が来れば、自然とやるようになると思っていたからだ。
当然そんなことはなく、前記のような結果になったのだが、私は未来の自分を信じ、期待することをやめなかった。その瞬間での"楽"を選び、今日の自分がやりたくないことは明日の自分へ押し付けていた。

だが、一晩寝たらなんでもできるスーパーマンに生まれ変わっているわけでもないし、昨日の自分がやりたくなかったことは今日の自分もやりたくないに決まっている。
だから、昨日の自分が期待していた今日の自分も、明日の自分に期待するのだ。それが積もりに積もると、明日の自分に期待することすらしなくなって、すべてを放棄することになる。
やるべきタイミングはおそらくいくつもあり、自分もそうだと自覚しているはずなのに、やらない、やれない。明日もきっとやらないまま終わるだろうと思うのに、期待をする。なぜだろうか。出来なかった今日を悔やみ、できる明日を想像することで安心したいからだろうか。
それとも、今日よりも明日のほうが、それをするのに割ける時間が長いからだろうか。
はたまた、今日の体調が優れなくて、明日に延期せざるを得なかったからだろうか。
おそらく、その時と場合によって理由は変わるだろうが、私はこれまで色んな理由をこじつけて、すべきことを後回しにしてきた。

後回しにして良かったことはと聞かれると、ただその時が楽だっただけで、その後すぐに罪悪感に襲われ、すべきことだけが増えていくと答えるだろう。
結局できないとわかっているし、それによるメリットはあまり(というかほとんど)ないけれど、今日も私は、明日の自分を信じて眠りにつくのである。