「嫌い」への “チョコ” っとした違和感(佐竹結衣・高2)

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私はチョコレートが嫌いである。甘いものは大好きであるにも関わらず、チョコはどうしても受け入れられない。周囲から「ほぼチョコちゃうやん」と言われるようなちょっとしたホワイトチョコなんかも食べられず、できれば匂いですら嗅ぎたくない。とにかく大嫌いなのだ。

きっかけは幼い頃。2、3歳くらい?いつだったかは曖昧だが、公園で、友達が分けてくれたのが生まれて初めて口にしたチョコだった。いまだに記憶に残っているほど、猛烈に”苦い” “嫌いだ”と感じたその日から、私のチョコ嫌いははじまった。
と、考えていたのだが、改めてその時のことを振り返ってみると、本当にきっかけはチョコの”味”だったのか?その時のチョコが特別苦いものだったことも考えられるが、なんだか少し違和感を感じる。
もしかしたらその日、私の体調が悪かったからチョコを不快に思ったのかも。チョコが溶けてしまっていてその食感が嫌だったのかも。実はくれたのは友達じゃなくて当時すごく苦手な子だったのかも。みんなと違う自分にちょっと特別なものを感じる年頃だったのかも。
今となっては真偽はわからないが、ひどく曖昧な理由でチョコを嫌いだと思い込んでいたようだ。

また、チョコが食べられないことを不便に思うことは少ない。多くの人はチョコ好きなため、食べられない分を押し付けても、大いに喜ばれる。「人生損してる!」とはよく言われるが、野菜のように栄養があるわけではないし、好き嫌いを直せとも言われない。直そうとも思わない。
そうしてチョコを避け続けた結果、今は好き嫌い以前に、食べなれない味に敏感になっているところもあると思う。

誰にでも嫌いな食べ物はある。みんなが当たり前にそう考えている。しかしその好き嫌い全てを、味覚によるものと思い込むのは、簡単だが、少し違和感を感じる。同じ構造をとる人間の間で、味覚にそう大差があるとは思えない。それはおそらく人間関係なんかも一緒で、出会った場所、時期、また「嫌い」が許される周囲の環境なども、味覚と同様に食べ物の好き嫌いに関係してくると考える。今一度、あなたも自分の「嫌い」を見つめてみれば、「嫌い」という強い感情のもつ曖昧さに気付かされるかもしれない。(だからと言って好きになるわけじゃないけど:口なし:)