空気を読まない私の心は自由(赤司瑠奈・中1)

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私の思い込みは、空気は読まないといけないといけないものだということです。
私は普段、他人の顔をうかがったり、行動を見たりして、何かを答えることが多いと思います。
例えば、授業中。選択問題で挙手を求められ、自分が思っている選択肢とちがう選択肢でたくさんの人の手が上がった場合、私はそこで手を挙げてしまうと思います。なぜなら、「自分だけ間違えていたらどうしよう・恥ずかしい」という思いがあるからです。しかし、少数派であった私が正解していた場合、なんで人の意見に流されたのだろうと後悔することになるでしょう。だから私は、自分がこれだ!と思ったものをちゃんと発表できるようになりたいと思います。


さて、さきほど出てきた「自分だけ間違えていたら」という思い。こういう思いが、みんなに合わせたほうがいい、みんなに合わせないといけない、空気を読まなきゃいけない!という思いにつながると思います。でも、最近、本当に空気は読まなきゃいけない?と感じることが多くなりました。


そのきっかけは、いつかの音楽の授業で感じたこと。授業中、先生が制作した「いろいろな音」を聞くという不思議?な時間があり、その最中、(私にとっては変な)ボーカロイド動物の鳴き声のような音が聞こえ、ただ単純に面白いなと感じ、私は自然に笑いました。でも、周りのクラスメイトは「そこで笑う?今は授業中。笑っちゃいけないでしょ」という目で私を見てきます。私は、いくらその場が授業中でまじめな「空気」が流れているからと言って、面白いと感じたのになぜ笑ってはいけないのかと憤りを感じました。自分の素直な感情表現を殺してまで周りに合わせる必要がどこにあるのか?いくらよく考えてもわかりません。そもそもここではこうすべき!という「空気」というものは理論的に説明できるものでもない。であれば、私はそんなつかみどころのない空気からすぐにでも飛び出してゆき、授業中突然笑おうが、面白いと感じたことは素直に表現し、すぐ実行することを、周りから変な目で見られることがないような世界を作りたいと思います。